年の瀬に。

2011/12/31(Sat) Diary

今年一番大きな出来事は、結婚した事。いろいろ話しあって、入籍して、挙式して、さらに挙式直後に入院・手術もあってと、最近やっと落ち着いてきたけれど、なにかとバタバタした一年。結婚してみると、別に悪い意味ではなく当初の予想と全然違うものだった。

ただ全体としては、始まったばかりだからというのも当然あると思うけれど、してよかったなと思う。妻から酒は飲みすぎるな、ご飯は食べすぎるなとかいろいろ言われていじける時もあるけれど、28歳になり、だんだん初めての事や新鮮な事が減ってきていたものが、結婚で新しい繋がりが生まれたり、今まで考えなかった事を考えるようになったりして、またちょっと生きる事が新鮮になったように思う。

仕事は、この年末で今の会社に丸3年になる。振り返ってみると、毎年毎年、仕事の内容が変わっていっている気がする。クライアントも、依頼内容も、自分のスタンスも、周りのスタッフも、毎年毎年変わっていっている。それがあまり悪い流れではないように思うので、来年も粛々とやるのみ。

結婚前と結婚後で、自分がどうしていきたいか、というものの考え方が大きく変わった。選択肢は拡がったようで狭まった面もあり、安定したようで不自由になった面もあり、どちらかのみといった単純な感じではない。そんな中で、これからは二人で、自分たちがどちらの方向に進みたいのかも一緒に探しながら、また来年も流れを繋いでいけたらと思う。

今年お世話になった皆様、ありがとうございました。
来年が、今年よりもいい年でありますように。

ユニクロ帝国の光と影

2011/06/23(Thu) Book

ユニクロ帝国の光と影  表紙
ユニクロ帝国の光と影
横田 増生 (著)

「これからは『会社という場所に自分の自営業をするために通っている』という意識を持たなくてはダメだと思うんです。」

ファーストリテイリングが、出版差し止めと2億2,000万円の損害賠償を求めて訴えている本。著者は、以前アマゾンの配送センターにアルバイトとして入った本を書いた人。「光と影」となっているが、ワンマン経営、オリジナリティのなさ、次々と辞める幹部、厳しすぎる接客ルール、中国の生産工場での劣悪な労働環境など、影の面を列挙したという印象が強い。

読み終えて、柳井氏はただただビジネスをしているだけではないかという印象を持つ。世界一のSPA(製造小売業)であるZARAを目指して、そのギャップを埋める為に何度も失敗を繰り返しながらただただ邁進している経営者。理想通りにならなくて歯がゆい事もあるだろうし、欲もあるだろうし、考え方が変わる事もある。それはまさに、どこにでもいる経営者であると思う。

著者は、柳井氏に何を期待していたのだろうと思う。菩薩のように完璧である事を期待したのだろうか。決算数字が改善してきているのに最悪の決算と断じ、自ら任せた当時の玉塚社長を解任した事に結構こだわっているようだけれど、以前上場企業にいた時に感じたことでもあるけれど、決算数字だけで企業の状態を判断することは難しく、数字が上向いていても内部は崩壊していっている時もあるし、その逆もある。

冒頭に引用したのは、個人的に共感した柳井氏の言葉。この時代の働き方としては、ひとつの解であると思う。経営者はよく、全員経営、全ての従業員が経営者の視点を持てというが、個人的にそれは難しいと思っている。意識、能力、背負っているもの、把握している情報量などさまざまな障害がある。業種などにもよるが、会社という場所での自営業、という感覚はちょうどいいのかもしれない。

28歳。

2011/03/16(Wed) Diary

水平線

3月11日の東北地方太平洋沖地震発生から5日目に、28歳になった。人口や経済が右肩下がりとなり、これまで隠れていた膿が白日の下に晒され課題だけが増え続け、政治は不安定になり、追い打ちをかけるように地震まで起きて、お先真っ暗な感じの今の日本という時間軸の中で迎えた28歳。なんだけど、個人的にはこれから。

先のことは分からないけれど、ようやく大切な人も出来てまだまだいろんなイベントが出てくる。全てが楽しい事ばかりでは当然無いんだろうけれど、全てが悪い方に動く確率もそれはそれで低いだろうから、どうしても楽しみな気分が勝ってしまう。そう考えると、「希望」みたいなものは、ひとりではなくふたりで、だれかがいるから、だれかのために、という所に生まれるものなのかもしれないと思った。

ちょっと前にある人から、「大切な人が出来たらもう嫌な事なんて何にも無いでしょう?」と聞かれた。そう言われてふと考えてみたけれど、そういういわゆるストレスは年を重ねる毎に増えてきていて、まったくいっこうに減る気配はなく。手を変え品を変え、ひとつ終われば次が、ある種類を対処したらまた違う種類のストレスがあり、減ったりはしてない。ただ、そういう人が出来たことで、ストレスからの回復が早くなったのはたしか。

だから、まわりがどういう状況だろうと、隣の人としっかり手をつないで、自分が正しいと思う方向に向かって一歩ずつでも着実に歩いて行くしかない。地震の翌日に全線開業を控えていたJR九州新幹線のCMが言ってた。「未来は明るいに決まってる」って。

年の瀬に。

2010/12/31(Fri) Diary

あっという間に過ぎた1年。特に夏の終わり頃から急加速して過ぎていった1年。とはいえ別にしんどいとか疲れたとかではなく、良い意味で楽しく過ごせて時間が早かった。人生は思い通りにいかないが、思ってもない方にいく事もあるんだねと感じた1年。

仕事は、この1年で今の会社に丸2年いる事になる。いつもの事なのだけれど、新しい会社に入ってすぐは基礎を造ろうとしてあくせくしながらあっという間に1年が過ぎ、2年目はその基礎を元にいろいろ動きつつもその基礎がだんだんと制約にもなってくるというパターンを順当に過ごしている。とはいえ来年からはいろいろ変わりそうなので、その変化を受け入れつつただ粛々と努めて行くのみ。

プライベートは、夏頃はじいちゃんの事でかなりまいっていたが、秋頃からこの人とずっと一緒にいたいなと思える人に出会い、これまで一人で好き勝手やってきたので常に誰かがいるという事に最初は戸惑ったりもしたけれど、正直楽しく過ごせている。これからもずっと一緒でありたい。

ただふと冷静に自分の周りを見渡してみると、全てが順調ではないし、具体的にいろいろと面倒な事とか避けている事もあったりするので順風満帆というわけではないのだけれど、こうしたい、こうしていきたいという姿は少しずつでも着実に明確になってきている。来年も特に何か目標みたいなのをぶち上げるつもりはないのだけれど、別に人生は単年単年でやっているわけではなく、流れのものなので、きっとそれでいいのではないかと思う。

今年お世話になった皆様、ありがとうございました。
来年が、今年よりもいい年でありますように。

September 20, 2010

2010/09/20(Mon) Diary

「この人の手を離さない。
  僕の魂ごと離してしまう気がするから。」

(ICO)

Conductor

2010/09/15(Wed) Diary

美しい曲を奏でるピアニストがいて、心ふるえる歌を歌う歌手がいる。指揮者の振るタクトから音は何も聞こえないが、オーケストラとして一つの曲が聞こえる。もし指揮者のタクトから直接音を響かせることを期待されても、僕はそれは出来ないと答える。

僕はものを作る側として、直接的な表現にはあまりこだわりがない方だと思う。デザインを計画・設計・意匠と細分化して定義するならば、計画・設計という、間接的に意匠に影響する部分にフォーカスしたいと思っているし、自分自身の存在や考えや意志を最終的な表現や表層の中から可能な限り消したいと思っている。

例えば、ものすごく表現にインパクトのあるウェブサイトをつくれた時よりも、汎用的でどのサイトにでもベースとして使われるような普遍的なフォーマットをつくれた時の方に、個人的な喜びを感じる。無意識に使われているくらい、改めて言われなければ分からないぐらいが最高だと思っている。

ディレクターという役回りのとらえ方も、ディレクションというサービスを提供しているという認識でいる。表現が出来ないからそっちに回ったんだろうと言われても全然かまわないし、現にそうだと思う。でも、周りから見れば当然タクトから音は何も聞こえないのだけれど、指揮者自身にはそのタクトから音楽が聞こえているのです。

告白

2010/05/31(Mon) Book

告白 表紙
告白
湊 かなえ (著)

「罪と罰」や「戦争と平和」が母親にどのような影響を与えたのかはわからない。ただ、読みながら自分が感じていることを、同じ血が流れている母親も感じていたのではないかと思えた。

超絶に美しい松たか子主演で映画化される本作。中学校教師森口悠子の娘の事故死の真相が、何人かの登場人物の「告白」を積み重ねて徐々に明かされる物語。松たか子の超絶な美しさに期待しすぎたのか、途中飽きそうになりつつも、最後の真相の告白でおおっと目が覚めた感じ。

極論ではあるけれど、極度に抽象化してしまうと全ての恋愛小説は誰かが誰かを好きになる話であり、全てのミステリ小説は誰かが誰かを殺す話である。それがそうでなく固有の物語として成立しているのは、ストーリーであり、ストーリーとは登場人物達の感情の遷移であると思う。

この物語はそういった面が少なく、あったとしてもそのキャラクターである必然性が薄く、作中の登場人物の台詞としてもそういったものを否定している。展開はおもしろいのだけれど、自分でない誰かの様々な感情を読みたい僕としては、物足りなかった。

冒頭に引用したのは、ある登場人物の「告白」。この告白の中で、対象そのものではなく対象によってどう自分が感じ必然的にどう変わったかに価値を見いだしている登場人物が、さっきの作中で感情や物語性を否定しているのと同じ人物である事もなんだか消化不良。それが感情の遷移だと言われれば、それまでだけれど。

昭和天皇論

2010/03/29(Mon) Book

昭和天皇論 表紙
ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論
小林 よしのり (著)

しかし、私には国体を護れる確信がある。

前著「天皇論」の前編ともいえる本。主に終戦の決断とその後について書かれている。「人間宣言」は「新日本建設に関する詔書」であり、宗教的な神(God)である事を否定しただけで今も昔も「カミ」であるというのは前著天皇論でも共感した部分だけれど、新たに「聖断」や戦争責任にまつわる経緯の部分は興味深く読んだ。

ただ、「天皇論」では歴史的事実とは別な皇室や天皇をどうとらえるかという話だったので、著者の持論も納得できるところは納得し違和感を覚えるところは一つの考えとして読み進めていたけれど、今回の「昭和天皇論」は歴史的事実と著者の解釈が巧みに混在しているので、若干読者をミスリードとは言わないけれど、意図的に誘導している感がある。

歴史的事実や言動との合間に著者の想像での行動が織り込まれており、それを元にした論理立てがされているところがある。前著「天皇論」のように歴史的事実や言動の解釈を自由にすることはかまわないことだと思うけれど、歴史的事実に見せかけた著者の解釈を挟んでくるのは違和感を覚える。

故に、最後の結論にもいまいち納得しきれない感が残った。読み終わってからふと、何を持って日本であり日本人であるのだろうと考えた。国土的なものなのか、血縁なのか、言語なのか、国旗なのか国歌なのか。浅い頭で、前の世代から受け継いだものを次の世代によりよい形で引き渡す意志があるかどうかではないかと考えたけれど、どの国にも当てはめることが出来てしまうので何か違う。それが何なのかは、まだ分からない。

鳩山由紀夫の政治を科学する

2010/03/29(Mon) Book

鳩山由紀夫の政治を科学する 表紙
鳩山由紀夫の政治を科学する
(帰ってきたバカヤロー経済学)
高橋 洋一 (著), 竹内 薫 (著)

それにしても、因果なものですね。60年前、麻生さんのお祖父さんだった吉田茂の後を継いで首相になったのが、鳩山さんのお祖父さんにあたる鳩山一郎だったわけですから。

元財務官僚・経済学者で、小泉内閣で竹中平蔵大臣の補佐官、安倍内閣で内閣参事官を勤め、ちょっと前によく分からない窃盗事件を起こしてしまった高橋洋一氏の本。対談形式なのがちょっと読みづらいが、内容はおもしろい。

鳩山首相が唱える「国民の生活が第一」という言葉の国民とは、「民主党を支持してくれる人」であり、鳩山政権の目的関数は、「支持層の幸福の最大化」であるとして、様々な人事や政策を読み解いていく流れで進む。

細かい話を書いてしまうとおもしろくないので興味がある人は読んでもらうとして、つくづく政治とは予算なのだなぁと感じる。国民から集めた税金をどう再配分するかを表したものが予算であり、それで実行される形が政策であり、どう再配分するかを決めるものが党なり政治家なりの思想信条。

日々の報道ではどうしても具体的な政策の話になってしまうけれど、やっぱりその根本となる思想信条を議論すべき。それが選挙に勝つためというのではあまりにも稚拙すぎるし、国民もどの政党が自分に一番再配分してくれるかに注視していては稚拙な政治家の思う壺。日本でそれを語り合える日は来るのだろうか。

最高の涙-宮里藍との一四〇六日

2010/03/29(Mon) Book

最高の涙-宮里藍との一四〇六日 表紙
最高の涙-宮里藍との一四〇六日
安藤 幸代 (著)

「私は、勝つ準備は出来ています。」

ゴルフにも、宮里藍にも、あまり興味がなかった。でも、安藤幸代アナウンサーというこの本の著者には興味があった。たまにテレビに映るゴルフ中継には必ず映っていて、メインの解説の間に飛び込んでくる短いフィールドレポートをしている人という認識で、なぜこの人はこの道に進んだのだろうという興味があった。

本の内容は、安藤幸代から見た宮里藍についての話と、安藤幸代自信のことが半分ぐらいの割合で書かれているので、宮里藍目当てに読んだ人には物足りないと思う。だけれど、社会に出た一人の女性が、宮里藍とともに年を重ね、仕事に邁進する中で30歳を越えて自問自答していく物語の方が僕には興味深く、共感したり違和感を覚えたりしながら読み進めた。

初めての著書と言うこともあり、表現は浅い。ただ、その木訥な表現を読み重ねていくと、不思議と著者の視点に自分の視点が重なっていくから不思議。レポーターという仕事もいいけれど、こうやって時々文章という形でまとめていくことで、レポートの表現もまた豊かになっていくのではないかと、若干偉そうだけど思った。

「最高の涙」は、宮里藍の涙であり、安藤幸代の涙でもある。たぶん、著者は取材対象に入り込みすぎてしまうのだろうと思う。客観的な視点をあまり求めず、自分自身の主観的な視点で、自分と対象者を同化したようなレポートや文章になっている。それがいいのか悪いのかはよく分からないけれど、一読者としてはもう少し読んでみたい気になった。

LifeStream iwagoro's LifeStream Feed



Lifestream powered by SimpleLife by k

from twitter,flickr,delisious.